2010/05/05

ひとりごと

先日フォロワーさんが、サーフブランドの日本展開で知り合いのアパレルさんと話したつぶやきで嘆いていたので、ちょっと自分も思うところがあって書きます。(今酔っぱらいです)

僕が10代のころ、(1975年〜85年ごろ)僕がサーフィンを知ったのは高校2年の春。サッカー部だった僕が監督と合わずに部活に出なかったころ、友人にサーフィン誘われて、バイトして買ったMOSSの板とVictoryのウェット。毎週、鵠沼へ小田急で通った。
その頃、ゴッデス、アイパ、いろんなブランドがあった、その頃巷ではボートハウスのスェットが流行ってた(知ってる人は相当古い、ファラーのパンツなみ)
当時、高校生の癖に自由が丘のゴッデスに行ったのは、付き合ってた彼女が自由が丘に住んでたからです。

高校時代は千葉の海なんて車がないと行けないので夢でした。もっぱら鵠沼メインでたまに大磯、吉浜までJRで行った記憶があります。
吉浜でカレントに流されて左のテトラで命からがら上がった記憶も鮮明です。
荷物が満潮で流されて、ウェットのまま、電車で帰った記憶もあります。
夏休みに御宿へ電車で行って、無人のマンションの部屋で2泊したのも今となってはいい思い出です。(ごめんなさい)

そのころは、サーフブランドなんて気にしてなかった。
で、時が過ぎて(10年ぐらい)スキー、スノボから再び波乗りをすることに。

愕然としたのは、サーフブランドってその辺のショッピングセンターで売ってるの。
当時、スノボにハマってた自分は、BurtonやSessionsほかスノボブランド全盛でブランドも確立されてるのに、サーフブランドがひどいことになってた。
サーフブランドが茶髪ばばぁやヤンキー兄ちゃんが着てるじゃない!

でも、2002年かな、ハワイに10日間サーフトリップして友人とショップ巡りして日本では買えないブランドの服も買って先端気取りで海に着て行ってたら、びっくり!大きなショッピングセンターで売ってるじゃない!しかも中国産。まじでへこんだな。

それから、サーフブランドは着なくなった。
最近、ブランドマネージメントという職種が出来た。(専門のスクールもある)
サーフィン業界のブランドって甘すぎて、日本のアパレルとか代理店に軽く利用されてるようで寂しいです。

個人的には、StrongCarrentやModernAmusumentとか自社かサーフショップ関係で日本進出してほしかった。今やショッピングセンターで見るたび切ないよ。だってハワイで探して手に入れたTシャツやウェアが田舎のヤンキーが着てるんだぜ。

ハワイとカリフォルニアの小さくてもセンスの良いブランドを日本でもそれなりにサーファーに価値あるブランドとして展開するには、中国などで大量生産して量販店で大量消費する商社と手を切って、育てて行くことが出来ないのでしょうか。

最近大手はがんばって直営店を展開してるのですが、センスのいい小さなショップが日本で展開する際のブランドマネージメントは興味あります。

ちなみに最近買うのはムラスポ、ASR、あとはお台場でビラボンのみ。さみしいね。

(誤字とか後日直します)

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